自然霊


ここ最近の毎朝の風景は、マンションの8階までとどく樹齢115年の欅の木。
啓は小さな頃、プールに通う度に眺めていた、と話してくれた。
啓を見たことある?小さな頃の啓はどんなだった?、と話しかけてしまう。
生まれた所と生きている所が違う私、ちいさな頃から私を見てくれていただろう自然霊がそばにいない事に氣づいた。
少し寂しいな……

あなたの"知識" "智慧"の出処

あなたが今もっているその"知識"は、あなたから生まれたもの?
あなたのその"智慧"は、あなたから自然に生まれたのかな?
その"知識""智慧"は何かのきっかけから生まれて来ていない?
誰からのふとした話から……
誰かが書いた本から……
誰かの経験の話から……
そのようなきっかけがあったのに、まるで自分が考えたように、自分の考えを勝手に上塗りし、あたかも自分が経験したかのように、他者に伝えたりして、勝手に自分のものにしてないかい?
もしそれをしているならば、あなたは大変残念な事をしてしまっている。
自分から生まれた"知識""智慧"ではないとわかっているのに、あたかも自分が思いました、考えました、としているのならば、その心に"闇と恐"がみえる。
誰かのふとした話からならば、聴いている最中や別れ際に"ありがとう"
本を読みその一説からならば、その本を懐に抱き"ありがとう"
誰かの経験からの話ならば、救われた時に直に"ありがとう"
そして、だれかに伝えるならば、伝えてくれた人の名前を伝えてから、話しだそう!
これってみんなしているって、思っていたんだけど、そうではないらしい。
みんながこれが出来ていたら、こんな世の中になってはいないもんね。
今日も絶え間なく豊富な意味がある出来事を降らせてくる存在に"ありがとう"を、言葉にして伝え続ける……今日はいくつ伝えるのだろう……
感謝の瞬間……嬉しい……と感じる。
私の師よ、ほんとうに"ありがとう"

 

That I thank

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『忍耐』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『沈黙』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『辛抱』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『慈愛』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『真理』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『喜び』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『至福』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『金銭』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『理性』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『苦痛』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『知恵』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『恐怖』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『平静』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『犠牲』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『落胆』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『孤独』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたの前にいる人は、あなたに何を授けてくれましたか?
はい、私の前にいる人は、私に『勇氣』を授けてくれました。
感謝致します。

あなたは今日、何を授けましたか?

地球環境を考える

4月初め、駐車場に岩手県産のチップを敷き詰めた。
小石のグレー色だった駐車場が明るい黄色に変わり、窓を開けると木の香りが漂う。
雨が降った翌朝、朝日が照らされると一層香りが強くなる。
毎朝、窓を開けるのが楽しみになった。

地球温暖化やヒートアイランド現象といった環境問題を考えると、駐車場にコンクリートを敷き詰める考えは微塵もなかった。
夏のコンクリートの照り返しの熱さは、ワンコがいたから敏感になっていた。
彼らにしたら、肉球が焼けるほどの暑さに鼻が触れる距離で歩かないとならないからね。

我が家一軒だけがそんな事をしてもと思うけれど、自分たちが住んでいるこの場、地球に感謝する思いの形の一つです。
どんな事でもいいから進めて行かないとです。
他にも出来る事がないかずっと日々思案中……

そうそう、今日は1999年に国際連合が仏教のお祭りとして公式に認定した"ウエサク祭"ご興味のある方はどうぞ……。
https://youtu.be/qvRM1fU3u1Y

嬉しい一言

今日は楽しかったな!あの一言で元気が出たな、って思える事ありますね。
クライエントさんに言われた一言が正にそれでした。

ブログ、楽しみにしているんです!
毎日開いて、今日は新しいの書いてあるかな?あるかな?
ないとガックシ……
あると嬉しくてぇ~、って。
嬉しい一言です、この言葉をかけて頂き、苦しいレメディ教室も乗り切れました♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
ありがとうございました^^

こんなご時世、誰かを元氣にする一言が伝えれたらいいね。

公園の桜が満開です。

 

みんな、元氣ですか?

みなさんお元氣ですか?
久しくブログを書いていないなぁ~と思ってました。
コロナ疲れ出てないですか?
Ravennaも、瞑想マラソンを中止し、少しばかりコロナに影響されています。
その他は、変わらずの精妙な時間が流れています……感謝です。

感染者0の県は、岩手・鳥取のみになりました。
この両県の共通点は「人の往来が少ない」という事。

岩手に越してきて知った事は、
半年は冷たくて雪が多くて寒くて外に出れない地。
雪が解けてお日様を暖かく感じはじめたら、花が咲き誇るように人の行動が弾ける地。
外の寒さに耐えられるまで、むさぼるように外を楽しむ地なんだと。

雪で閉ざされた時間はじっとできる。
コロナがうつるかもしれない時間はじっとできる。
じっと出来る県民性……

北海道も雪に閉ざされる地です。
10年北海道に住んでいたけれど、あそこは別。
いろいろな思いが集まっている地です、
世界中から人が集まっているからね。

みんな、上手に心法しましょ!

Happy……♡

今日届いたお誕生日のお花。
タイトルは……「妖精が飛んでいるように……。」
お花屋さんは、お花のアレンジメントでなく、お客さんの心をアレンジメントするんだね。。。
素敵なお仕事~☆

この心のアレンジメントは?……

仕事はどんな意識で従事するかでその人の中でその仕事の価値が生まれます。
それは、その人にしかわからないです。
だから、職種で人を判断するなんて出来ないんです。

ちょいとお待ちを……♡

あなたは今、誰かといて、イライラしてきてムカついてきて、なんだでこいつは、こうなんだ!、クーってなって握りっこぶしを振り上げたいくらい、怒っています。

どうしてこの人、こんなに文句言ってくるんだろう……
どうしてこの人、こんなにムキになって言っているんだろう……。
どうしてこの人、こんなに癇に障る事、言うんだろ?……。
どうしてこの人、これを今してんの?……
なぜこんなに、叱られなきゃならん?なんか、やっちまったかぁ!?

拳を振り上げない人は、相手を前にして今、こう考えられています。
相手の言動・行動に対し、ちょいと立ち止まれれば、我(われ)が平和になるんだけどな。

しかし、ちょいとも立ち止まれない感情はマッハで"個我という傲慢な我(われ)"を易々と飛び越え、自分勝手な行動に素早く移り突っ走る=3

もしかして、怒っちゃいけないとか、イライラしてはダメとか思い、窮屈になっていたら、ごめんなさい。そういう事ではないです。
怒ったっていいんです、イライラしてしてもいいんです、クーってなって握りっこぶし作り、ワナワナしてもいいんです、上げる寸前になってもいいんです。
だって私たち"地球"に生きている人だから仕方ないんです。

その感情を表現してはいけない具現化してはいけない、という事を伝えたいのです。

怒りの感情を表に出すと、一瞬の爽快感は感じるものの、すぐさまスッキリは消え去り、あ~なんであんな酷い事を口走ってしまったのか、言わなきゃよかった、しなきゃよかった~、とやってしまった取り返しのつかない言動や行動に反省します。
そう、この反省をしている感情であれ行動こそが、エネルギーが汚れてしまった事に気づいている、って事、気づいている行為なんです。

人は、サル目(霊長類)ヒト科のうち、直立二足歩行を行い著しく発達した脳を有する動物ではありますが、反省も何も無し、相手に対しての感情も湧かないのであれば、それは動物人間という言葉が当てはまってしまう……。

少年院の少年達と向き合い8年、面接の時に必ず彼らに伝えてる事があります。
世の中できちんと生きている人は、何かにつけて理性をもって辛抱しているんだよ。
「えっ!そうなの???」
みんなが辛抱しきれなくて、自分の辛抱出来ない感情に素直になっていたら、その辺で毎日みんな血ぃ流してるわ!そこいらじゅうで喧嘩してる。
「みんな、辛抱してたんだ……そうか……そうなんだ……知らなかった。」
様々人に環境はあるけれど、目の前にいる少年は"辛抱"出来ない。
だから、彼らは少年院に入って更生を通して"道徳"を知り、社会復帰して行きます。

全ての感情を、じっくりと味わうことができれば、我は魂に従い始めるんだけどな……

今日は辛抱……

交通ルールは守ろうよ

車に乗る機会はほとんど毎日、それで思う事がある……。

車は喋る事ができないので、ウィンカーが意思表示だと思っている。
なのに、なんで車線変更してからウィンカーなのかな?
そして、そういう人はたいていブレーキをしっかりかけてから、ウィンカーを出す……遅くないかい?危なくないかい?
左折専用道路に入り止まり、青信号になって走り出すときに左のウィンカー、意味ないじゃん、自分に合図しているの?

あ~逝っちゃね、って交通事故に合ってから、交通ルールは"自分を守る"ものと刻まれたから、気にしすぎなのか……?

自分の思っている事を言葉にしたり、行動に移すのが苦手な人は……
車での意思表示も遅い……カウンセラーとしての発見٩( ᐛ )و

交通ルールを私は守ります。
それは、周りをも守る事に繋がるからね……。

僕も!

伝える時、相手はわたし。

ひとり息子の子育てが終わって10年、孫が生まれ自分の子育てを思い出し、心の中で謝ったり自分を褒めたりしている。

自分が親にされて嫌だったことは、しないように、言わないようにした。
息子と私は別人格、私がされて嫌だった事が、彼が嫌とは限らないので、その都度確認した。
小さなころからどんな事もそうしていた。

勉強に関してもそうだった。
彼に、「勉強しなさい。」、という言葉を言った記憶はない、その言葉は嫌いだった。
彼にはこう伝えていた。
「将来、何になりたいの?」
「その仕事に就くにはどうすればいいのかな?」
「それには今、何をしたらいいかな?」
中学生までそう伝えた。
高校生の時とうとう、「勉強しろ、ってなんで言わないんだ!」、少し声を荒げて言われた。
高校に入ってからは、彼が欲した時にだけ応えるようにしていた。
ひとつ言葉で伝えていたのは、「どんな事があっても、お母さんはお前の味方。これだけは覚えておいて。どんな時もだから。」

親は子を産み育て、親にさせてもらう。
はちゃめちゃな私だったから、息子も大変だったと思う。
子育てしていると思っていたけど、親育てを息子にしてもらい、人として育った時期だった、息子には感謝しかない。
家庭を持つようになった26才の彼から、
「自分で考える人間になれたのは、勉強しろ!って言われなかったから。」
「お母さんは、どんな時でも俺を信じてくれた。たくさんの辛い事があったけれど、お母さんの背中を信じて、見てがんばれた。」

人が"互いを信じる"には言葉と時間が必要だ。

日本を今、混乱させているのは、日本のリーダー。
彼と国民の信頼関係が出来ていたら、今の騒動がこれほど酷くはならなかった。
信頼関係を作って行かなければならない時に、あなたは何をしていたのか?
そして、伝え方も一方的、それではあなたを誰も信じない。

「自分の責任感のなさで、リーダーシップを取れなくて、こんな事になってしまった。初めての事なので、迷惑をかけてしまった、申し訳ない。今の状況を国民みんなで乗り越えるために、協力してください、お願いします。」
こちら側に立ち考え、国民の目線に立っていたら、こんな言葉が並んだのではないか?
そうなれば、「そうか……きついな……でもそういう事なら仕方ない、政治家も初めての事だ、がんばらないと私」、となり、私たちは一人ひとりの立場で考え、行動も変わっていたのではないだろうか?

でも、彼はそう言わなかった。
そう言わなかったから今の騒動は仕方ない、と思っているのなら、それでは彼と同じ責任感のない、身勝手な人間になってしまう。

留守番する子供のために一週間のお昼ご飯を作る時も、買い出しに行くのも、預け先に翻弄する時も、「大変だ!大変だ!まったくもう!こんな事になって」、とイライラではなく、こんな時にこそこの事を通して、学べることを探し、子が学べる良いチャンスと考えたり、大丈夫だろうか?という不安や心配を子に伝えるのではなく、「日本中が大変な時だから、みんなでがんばろう!」、と伝え、子が持てる責任感を育てられる時、と考えたり……。
時差出勤やテレワークで新たな価値観に触れられるかもしれない。
疎遠の隣人関係にも変化が起こるかもしれない。
こういった思考になれば、「お米、トイレットペーパー、生理用品、おむつが陳列棚からこのように姿を消してしまっています!」、というマスコミの偏った伝え方の報道に踊らされる事は少なくなってくるはず。

今回の新型コロナウィルスは、たくさんの事を、私たちに投げかけているよ。